演奏中の「?」 は音に伝わる
ピアノを弾いているときに、実は内心こんなことを考えながら弾いているということはありませんか?
- 「リタルダンド(だんだん遅く)は、どのぐらいゆっくりすればいいのかな?よくわからないけれど、適当に遅くしておこう。」
- 「本当はここで弱くしたくないんだけれど、楽譜に『ディミヌエンド(だんだん弱く)』と書いてあるから、とりあえず弱くしておこうかな。」
- 「フェルマータ(音符や休符の長さを延長する)ってどのぐらいのばしておけばいいかな?どこかに2倍ぐらいって書いてあったから、2倍にしておけばいいか。」
レッスンで生徒さんの演奏を聴いていて、音が間違っているわけではないし、止まらずに強弱などのメリハリもつけられ、一見( ”一聴” というべきかも?)上手に弾けているようでも、部分的になんとなくしっくりこない雰囲気が漂うことがあります。
そのような時に「ここ、これでいいのかなって思いながら弾いていませんか?」と尋ねると、ほぼ100%の確率で「えー!なんでわかるんですか?」と驚かれます。そして、たいていそれは、クレッシェンドやリタルダンド、フェルマータといった表記のある箇所なのです。
音量やテンポの変化での『ためらい』や『なんとなく』という曖昧な思いは、必ず音に伝わります!
レッスンの中でも話す機会が多いトピックですが、どのぐらい強くすればいいか、ゆっくりすればいいのかなど、感覚的な表現に100点満点の正解はありません。なので、弾きながら「このぐらいでいいのかな?」と疑問に思う箇所があったら、間違いを心配せずに、まずは自分なりに「これがちょうどいい」と感じる音量なり速さなり長さなりを見つけることが大切です。そうでないと、いつまで経ってもどことなく説得力の欠いた演奏から抜け出すことはできません。
フェルマータは苦手?
クレッシェンド、ディミヌエンド、リタルダンド、アチェレランドなど、変化を指示する表記は楽譜上にいろいろ登場しますが、特にフェルマータに苦手意識をもつ人が多いような気がします。
つい先日も、フェルマータで悩んでいた生徒さんとレッスンの多くの時間を使って、違和感なく聞こえるタイミングがみつかるまで試行錯誤を繰り返しました。曲はチャイコフスキー作曲「3つの小品」Op.9の1曲目 " 夢想 " 。下の譜を見て頂くとわかるように、音符を弾くだけならばさほど難しくはありませんが、フェルマータがついていると一気に難易度がアップします。
チャイコフスキー作曲:「3つの小品」Op.9-1 " 夢想 " より
フェルマータは「2倍ぐらい長さを延長する」と説明している本も多いですが、もともとのイタリア語の意味は「バス停」。単純にどんな場面でも2倍ぐらい長さを延ばして止まっていればいいということではなく、あくまでも「一時停止」で「再び動き出す」エネルギーをもっているということ。つまり「次につながるように緊張感を保っている」ということが大切です。そして、一時停止しても、それが全体の音楽の流れに馴染んで不自然に聞こえないように表現しなければいけません。
では「ちょうどよい」という感覚はどのように見つければいいのでしょうか?
■「なんとなく」から「ちょうどよい」を見つける方法
私が提案するのは、まず3パターンの選択肢をつくって弾き比べてみること。たとえばこんな感じです。
①フェルマータをつけずにテンポどおり弾く
②正確に2倍程の長さにのばして弾く
③4倍ぐらいの長さにのばして弾く
曲の速さやフェルマータが使われている箇所、作曲家がなぜそこにフェルマータをつけたかなども考える必要がありますが、まずは3つの選択肢を弾いてみて一番おかしい、弾きにくいと感じたもの1つを除外する。次に、残った2つの選択肢を弾き比べ、違和感の少ない方を選ぶ。
この一回でスッキリ解決する場合もあれば、それでもなんとなくまだしっくりこない場合もあります。そのときは、もう一度その長さをベースにして、今度はほんの少しだけ長さに差をつけた3つの選択肢をつくり、更に精度を上げて絞り込んでいく。
これを繰り返すことによって、徐々に自分が弾きやすいタイミングがつかめてきて、違和感なくフェルマータが表現できるようになってきます。
この方法は、文章で読むと手間がかかりとても難しいことのように感じると思いますが、このように選択肢をつくり段階的に絞り込んでいくほうが、やみくもに「このぐらいかな?」「それともこうかな?」と漠然とあれこれ試すよりは、ずっと時間的なロスも少なく効率的です。
フェルマータに限らず、「これでいいのかな?」と考えながら弾いている箇所があったら、是非一度この方法を試してみて下さい。もし「ちょうどいい」という感覚まで辿り着けなかったとしても、試してみるだけで、なんとなく弾いていた「?」のニュアンスはぐっと影を潜めているはずです。
ちなみに、選択肢をつくる時、「これは有り得ないんじゃないかな?」と思うような大胆なものをひとつ入れておくのも悪くありません。私も何度か経験がありますが、実際に弾き比べてみると、無難な選択肢よりも、絶対に選ばないだろうと思った選択肢のほうが弾きやすかったということがあります。表現の幅が広がるチャンスでもあるので是非試してみて下さい。